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喜多流能楽師。
全国津々浦々、謡蹟を訪ねて写真を撮っております。

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写真探訪 『俊成忠度』『土蜘蛛』所縁の地

  

今回の謡蹟めぐりは能『土蜘蛛』と平成25年3月粟谷能の会で勤める『俊成忠度』のシテツレ役・藤原俊成卿の所縁の地を訪ねる旅。写真探訪して来ました。





「源頼光朝臣塚」は京都市北区千本通十二坊町にある「上品蓮台寺」境内にあります。
最初はお墓の場所が判らず、ご住職にお尋ねして教えて頂きました。現地では「蜘蛛塚」と呼んでいるようです。




正門をくぐり境内に入って右手奥に進むと墓地が見えます。





墓地の奥に大きな木が見えますが、その下が「蜘蛛塚」「源頼光朝臣塚」です。



 
謡蹟保存会の駒札を発見するとほっと一安心です。



 
塚の周りは墓石ばかりで、巨木が一本孤立しています。



 
駒札と朝臣塚の石碑



 
駒札



 
著者
 



能『土蜘蛛』では頼光の家来・独武者が「首打ち落とし喜び勇み都へとてこそ帰りけれ」と終曲します。




 

藤原俊成邸宅の跡地「俊成社」は、京都市下京区烏丸松原、烏丸通り沿いの「ホテル京都ベース」の隣に祀られています。



 
以前はお社が孤立していましたが平成25年2月現在、ホテルの建物に組込まれた形となっています。




 
新しく綺麗に祀られていますが、歴史を感じる情緒はなく、少し寂しい気持ちにさせられました。
 



元邸宅であった説明が書かれています。




 25年2月9日お参り記念撮影




 
藤原俊成の墓は東福寺の南側にありますが、東福寺山門裏に冷泉家が寄贈したお墓への道しるべの石碑があります。ここからお墓まで距離は少しあり、判りにくい場所にあります。



 
俊成のお墓の資料が少なく探すのに苦労しました。お墓は住宅地の中にあり、墓地は広く、俊成卿はその中心に祀られていました。住所は伏見区願成町38番地です。
詳細はこちらから


 


坂を登る途中に左側に小さな石碑が二つ(夜泣地蔵尊参道と五条三位俊成の墓)あり、
その間を入ると行き止まりですが、右手が墓地入り口です。

 


左手の夜泣地蔵尊の石碑は小さく見落とします。

 


右手に五条三位俊成の墓の石碑があります。



 
正面奥の壁に囲まれたところが俊成卿のお墓。




 周りより一段高いところにあります。



 

この墓地自体が高台にありますが、俊成卿のお墓は高位なのでしょうか壁に囲まれています。


 
右が俊成卿、左は先に亡くなられた奥様のお墓。



 この写真では同じ大きさに見えますが、俊成卿の方が少し大きくなっています。



 
壁の中には4人のお墓の説明が石碑に書かれています。




 『俊成忠度』の舞台の成功を祈りました。

 
お墓を後方より。




 後方より。手前が俊成卿のお墓。

(2013年2月9日)
京都・奈良