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喜多流能楽師。
全国津々浦々、謡蹟を訪ねて写真を撮っております。

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『蝉丸』ゆかりの地



『蝉丸』ゆかりの地「蝉丸神社」の謡蹟めぐりをして参りました。
幼少の時より盲目であった延喜帝の第四の皇子・蝉丸を、青年になる頃、帝は逢坂山に捨てることとし、重臣の清貫(きよつら)を同行させます。逢坂山に着くと、蝉丸の髪をおろし、手慣れた琵琶と笠、杖を持たせ、ひとり置き去りにします。
途方に暮れる哀れな蝉丸を見つけた博雅の三位は蝉丸を介抱し、藁屋を拵え、世話をします。
そこへ姉の逆髪が現れて再会し、また涙を流しながら別れていく・・・というのが能『蝉丸』です。

百人一首の蝉丸は、見窄らしい乞食のような絵で描かれていますが、能の蝉丸はそれとは違い、皇子としての風格、気品を崩さずに残して演じるのが演者の心得となっています。

では、写真でご紹介いたします。




京阪京津線の大谷駅を下車すると目の前に「蝉丸神社」があります。




急な階段を上ると神楽殿がありますが、やや寂れた感じがします。




神楽殿奥に本殿があります。




蝉丸神社から蝉丸神社上社を目指し浜大津方面に歩くと、整備された「逢坂関跡」があります。




立派な関跡の石碑があります。





逢坂の関から上社までは国道沿いを歩いて移動となりますが、大型トラックが猛スピードで走る側を移動するのは危険極まりない行為でした。




逢坂の関より、徒歩10分ほどで蝉丸神社上社があります。




蝉丸神社も蝉丸神社上社も急な階段を上がると神楽殿があります。



神楽殿から本殿を見る



小さな上社本殿




本殿からふり返ると




上社から下社への国道沿いの歩行はとても危険なので、対向車線の側道を歩く事をお薦めします。

二股に分かれる国道の左側を進み京阪電車の踏切を渡ると、蝉丸神社下社が左手に見えます。




蝉丸神社、上社、下社すべてに神楽殿が設置されています。




下社神楽殿から本殿を見る





神楽殿右手前に「関の清水」がありますが、もちろん枯れています。




歌碑は隣にあります。




下社本殿の側に謡蹟保存会の駒札が設置してありました。




駒札




無人駅「上榮町駅」より京阪電車に乗り、三条に戻る途中、車中から下社を撮影



 
関西