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喜多流能楽師。
全国津々浦々、謡蹟を訪ねて写真を撮っております。

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熊野紀行3

三日目

二日目に時間の都合でお参り出来なかった補陀洛山寺にまずお参りしました。ここはインドから熊野灘に漂着した裸形上人が開祖の寺。現在は青厳渡寺の管理となり、ご住職はいらっしゃいませんが、管理人の方が日頃ご開帳していないご本尊 十一面千手千眼観世音を特別に見せて下さいました。

補陀洛渡海名簿。補陀洛とは観音の浄土をさして渡海すること。
補陀洛渡海は十一月の北風の強い日に船出したといいますが、実際は黒潮に乗せられ南海への到着は不可能だったようです。



平成になり現在の補陀洛山寺に改修されましたが、それ以前は荒れ果てた寂しい寺だったといいます。

補陀洛寺裏門


 

境内裏には平維盛、平時子供養塔があります



渡海船は屋形の周囲に四門、忌垣をめぐらし30日分の油と食料を携え、生きながら極楽浄土に旅立つ補陀洛渡海に作られた船です。


補陀洛寺をあとに橋杭岩、串本へと海岸線をめざします。
この紀行最後の見どころと思っていました橋杭岩です。ちょうど干潮時でしたので、奇岩の様子が見えて幸運でした。隊員も思いの外のすばらしい景色に歓喜していました。







橋杭岩は大小40もの岩が海にずらりと並ぶ不思議な所です。伝説では弘法大師と天邪気が串本から大島へ一夜のうちに橋を掛ける賭けをし、大師が次々と巨岩を海に投げ込み橋杭を作り出すので、負けるとあせった天邪気が鶏の鳴き声を真似て大師の手を止めさせたというお話で、以来今も橋杭だけが残っているのだといいます。






海金剛は大島の先端にあり、断崖絶壁と大小の切り立った奇岩の景勝地、朝鮮半島の海金剛に似た景観からこの名がついたといわれています。





大島から見る本州、タクシー岡田さんご推薦の景色



枯木灘海岸のすさみ(?)八景のひとつ、恋人岬。左右から浪がうち寄せるので有名です。
夕刻近くなり、白浜に到着、三段壁、円月島を見て空港に向かうこととなりました。三段壁には熊野水軍の船隠し洞窟もあり、源平合戦も屋島から壇ノ浦に移る頃、二百余艘の軍船に二千人もの猛将が乗り、ここから出陣したといわれています。地下へ高速エレベータで下ると荒波が洞窟の中まで打ち寄せる豪快な様子が見られます。



三段壁



地下にある熊野水軍の番所小屋です。鎧、兜を揃えていつでも出陣できるようにしていた様子が判ります。



今回最後の地、円月島は白浜のシンボル、中央にポッカリと洞穴が空いています。これを夕暮れに見て、るるぶご推薦の「ぎんちろ」で食事をして、南紀白浜空港に向かいました。



お世話になった熊野第一タクシーの岡田さんです。いろいろと詳しい案内をしてくださいました。三日目の奥様手作りのめはり寿司、ごちそうさまでした。わがままな私達にお付き合い頂き感謝しています。


初日に戻る 二日目に戻る
最後に

こんなに楽しい旅行になるとは、また次の機会を検討して楽しい写真探訪の計画を立てたいと思いました。
ここに行ったらよいのでは、あそこがよいなど、皆様からの情報メールお待ちしております。
関西