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喜多流能楽師。
全国津々浦々、謡蹟を訪ねて写真を撮っております。

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桜井の庄



能『鉢木』は佐野源左衛門常世が所領を一族に横領され、上野国佐野に零落して生活しているところに、雪の降る一夜を、諸国廻国の僧(実は北条時頼)に宿を 貸し、寒さを凌ぐために秘蔵の盆栽桜、松、梅を伐って火にくべて暖をふるまいます。また常世は僧が時頼とも知らず、「いざというときは馳せ参じる」と鎌倉 幕府への忠誠心を語ります。後日、その事実を確かめるために時頼は鎌倉への参集のふれを出し、語った通り痩せ馬に乗って駆けつけた忠誠心あふれる常世に本 領の返還と盆栽の木にちなんで梅田、桜井、松井田の三箇の庄を与えたという話です。
ワキの語りに「いで其の時の鉢木は、梅桜松にてありしよな、其 の返報に加賀に梅田、越中に桜井、上野に松枝、合わせて三箇の庄、子々孫々に至るまで、相違あらざる自筆の状」とあります。越中の桜井は現在の黒部市三日 市です。富山地方鉄道、東三日駅を下車すると、目の前に黒部市民会館があり、その横に「佐野源左衛門常世之遺跡」と書かれた大きな石碑がありました。
今回は黒部市国際文化センター・コラーレの開館10周年記念として「黒部 夏の能・狂言の会」が喜多流と和泉流にて公演されました。コラーレ会館に隣接して能舞台があったのには驚きました。
では写真でご紹介いたします。

富山鉄道、東三日市の駅、左奥には黒部市民会館が見えます。



常世の遺跡は黒部市民会館の側にありました。



梅田と桜井と松枝は遠く離れています。常世はどのように統治したのでしょうか、疑問が出てきました。



コラーレ会館に隣接した能舞台。大変失礼ながら、随分と使い勝手の悪い能舞台を創ってしまったと思いました。見所も少数しか設置出来ません。



意外と綺麗に磨かれている橋掛りや本舞台。



能楽堂よりコラーレを眺望。


北陸