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喜多流能楽師。
全国津々浦々、謡蹟を訪ねて写真を撮っております。

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『蝉丸』ゆかりの地



『蝉丸』ゆかりの地「蝉丸神社」の謡蹟めぐりをして参りました。
幼少の時より盲目であった延喜帝の第四の皇子・蝉丸を、青年になる頃、帝は逢坂山に捨てることとし、重臣の清貫(きよつら)を同行させます。逢坂山に着くと、蝉丸の髪をおろし、手慣れた琵琶と笠、杖を持たせ、ひとり置き去りにします。
途方に暮れる哀れな蝉丸を見つけた博雅の三位は蝉丸を介抱し、藁屋を拵え、世話をします。
そこへ姉の逆髪が現れて再会し、また涙を流しながら別れていく・・・というのが能『蝉丸』です。

百人一首の蝉丸は、見窄らしい乞食のような絵で描かれていますが、能の蝉丸はそれとは違い、皇子としての風格、気品を崩さずに残して演じるのが演者の心得となっています。

では、写真でご紹介いたします。


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関西

守山から鏡の宿



平成23年5月2日、守山で『望月』の甲屋、鏡の宿にて宗盛胴塚や義経ゆかりの謡蹟を訪ねて来ました。写真でご紹介します。


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関西

石塔寺



平成21年10月3日、喜多流の仲間3名と滋賀県の阿育王山・石塔寺(あしょかおうざん・いしどうじ)に行きました。一度は訪れたいと思っていた珍しいお 寺ですが、なにしろ交通の便が悪い辺鄙なところなので、車が便利です。今回はレンタカーを借りての大阪からの出発となり、参拝して参りました。
 

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関西

紅葉の箕面大滝



 能『烏頭』(他流は『善知鳥』)に「和田の笠松や箕面の瀧つ浪も我が袖も・・」と謡われています。昔から、和田の笠松と箕面の滝は摂津の国の名所として知 られていたようです。『烏頭』ではワキの僧がシテの漁師の蓑と笠を手向けることから、蓑と笠への掛け言葉で謡われるだけで、直接この滝が能『烏頭』の場面 と関係あるわけではありませんが、謡に出てくるので謡蹟めぐりとして訪ねてみました。今回は紅葉の時期でもあり、格別に「箕面大滝」を満喫してきました。 では写真で、ご案内いたします。
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関西

播磨路の旅



平成20年の「菊生会・明生会合同ゆかた会」は塩田温泉の夢の井ホテルで開催され、
前日(7月3日)に須磨・明石などの謡蹟を尋ねてきました。
午前11時に山陽新幹線・新神戸駅に下車し観光案内所にて現地に詳しい個人タクシーの森さんを紹介してもらい、評判通りの名ガイドぶりで、一日親切に細かく案内して下さいました。

まずは、『松風』ゆかりの「松風・村雨堂」からはじまり、『敦盛』の「須磨寺」「敦盛塚五輪塔」、『千寿』の「重衡捕らわれの地」、『絃上』の「村上帝神 社」、『忠度』では「一ノ谷戦いの浜」「忠度塚」「腕塚神社」。明石天文科学館の裏にある『草紙洗小町』で謡われる柿本人麿から「柿本神社」そして小野ま で足を伸ばして謡蹟とは関係ありませんが、美仏で有名な「浄土寺」を拝観してきました。
6日は菊生会・明生会の会員と共に、書寫山・円教寺と姫路城を観光して、今回のゆかた会の旅行を終えました。
それでは森さんのお話も含めて写真でご紹介します。

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関西

神戸近郊と三井寺、清涼寺



神戸近郊と三井寺、清涼寺
平成19年7月7日と8日は全国菊生会・明生会合同ゆかた会が琵琶湖畔「琵琶湖グランドホテル京近江」で催されました。
前日の6日(金)には神戸近郊の謡蹟めぐりを、そして月曜日は社中の皆様と三井寺と清涼寺にお参りしてきました。

山陽本線の新長田(しんながた)駅で下車し、タクシーを利用して「清盛塚」「忠度腕塚」「胴塚(首塚)」、阪神淡路大震災と道路拡張で離散された、「平知章 の碑」や「平通盛、木村源吾重章、猪俣小平六の石碑」を探し、鵯越墓園にある「義経駒つなぎの松跡」「蛙岩」を見つけ、山を下り願成寺にて「平通盛と小宰 相の墓」にお参りして、JRで三宮駅まで移動し昼食をとり、駅から徒歩5分ほどの生田神社にも行ってきました。神社では「箙の梅の碑」と「梶原景季の井 戸」と「生田の森」を眺めて、前半の神戸近郊の謡蹟めぐりを終了しました。翌日からの全国菊生会・明生会合同ゆかた会の会場となる「琵琶湖グランドホテル 別館京近江」に向かい、会の準備をして、9日は三井寺と清涼寺を貸切バスで社中の皆様と楽しく謡蹟めぐりをして参りました。
では写真でご紹介します。(平成19年現在)
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関西

蟻通神社



JR阪和線・長滝駅は各駅停車しか止まらず、夜遅くには駅員もいなくなる小さな駅です。その長滝駅を下車して徒歩10分ほどに蟻通神社があります。
天 王寺駅から50分程で長滝駅に着き、駅員さんに「蟻通神社はどちらですか?」と聞くと徒歩12,3分と答えてくれましたが、時間に余裕がなかったのでタク シーを呼ぶことにしました。見渡すと駅前にタクシー乗り場はなく、ご用命は泉陽タクシーの看板があるだけです。電話して待つ こと5分、日根野駅からタクシーが来ました。運転手さんの話では特急も快速も停車する日根野駅でタクシーを利用した方が賢明だということでした。多分私は 二度と行くことはないでしょうが、これからお尋ねになる方のために、日根野駅からタクシーのご利用をお薦めします。

能『蟻通』の物語は歌 人・紀貫之が和歌の神を祭る玉津島神社へ参詣する途中、雨の夜に蟻通神社の前を神域と知らずに下馬せずに通り過ぎたため、蟻通明神の怒りにふれ馬は倒れ貫 之は落馬します。そこに老人の宮守が現れ、社への無礼を警告し、貫之に和歌を詠じて神慮を慰めるように薦めます。貫之は「雨雲の立ち重なれる夜半なれば、 ありとほしとも、思うべきかは」と詠むと倒れた馬は再び立ち上がり、宮守は和歌の六義や和歌の心について語ります。貫之は宮守に祝詞を所望し共に祈りま す。
神代以来の歌道を讃たえ舞歌を奏上すると、遂に宮守は自ら蟻通明神と名乗り鳥居に近づいたかと思うと、消えてしまいます。貫之は神の出現を喜び夜が明けると再び旅立つのでした。
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関西

満仲ゆかりの地


謡曲『満仲』ゆかりの謡蹟めぐりをしてきました。
能『満仲』の物語を簡単に紹介します。
源氏の祖、多田満仲は仏心篤く、我が子美女丸を僧 侶にすべく中山寺に預けますが、武門の血筋を引く美女丸は僧侶になることを嫌い、ひたすら武芸に明け暮れています。父満仲は怒り、重臣藤原仲光に美女丸を 手討にするように命じます。しかし若君に刃を向けることが出来ない仲光は我が子の幸寿丸を身代わりに殺し美女丸を叡山に逃がします。
仲光は偽りの 美女丸の最期を満仲に伝え、自らは暇を願い出ます。そこに比叡山の恵心僧都が美女丸を連れて満仲に面会に来ます。満仲は幸寿丸を殺しながら、生き永らえて いる美女丸を強く叱り自ら手討にしようとしますが、恵心に諭され美女丸を許し、仲光もまた主君に仕えることになります。喜びの酒宴となり、仲光は舞を舞 い、美女丸の仏道修行を励まし見送りますが、仲光の心の中には幸寿丸への思いが深く残るのでした・・・。

満仲公から義家公までが多田神社に祭られていますので、ここで御祭神の御事蹟を紹介しておきます。
源 満仲公(人皇56代清和天皇の御曾孫多田満仲は24歳で源姓を賜り源満仲と名乗る。86歳没)
源 頼光公(満仲長子。土蜘蛛退治、大江山、伊吹山鬼賊退治で武勲を立てる)
源 頼信公(満仲四男)
源 頼義公(頼信長子 前九年の役に武勲を立てる)
源 義家公(頼義長子 前九年の役、後三年の役に武勲を立てる)
美女丸は出家して源賢となりますが、満仲の五男ともまた四男という説もあります。

では、写真をご覧になりながら探訪をお楽しみ下さい。
(撮影  平成19年11月10日 粟谷明生)
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関西

熊野紀行3

三日目

二日目に時間の都合でお参り出来なかった補陀洛山寺にまずお参りしました。ここはインドから熊野灘に漂着した裸形上人が開祖の寺。現在は青厳渡寺の管理となり、ご住職はいらっしゃいませんが、管理人の方が日頃ご開帳していないご本尊 十一面千手千眼観世音を特別に見せて下さいました。

補陀洛渡海名簿。補陀洛とは観音の浄土をさして渡海すること。
補陀洛渡海は十一月の北風の強い日に船出したといいますが、実際は黒潮に乗せられ南海への到着は不可能だったようです。



平成になり現在の補陀洛山寺に改修されましたが、それ以前は荒れ果てた寂しい寺だったといいます。
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関西

熊野紀行2

 二日目

朝から大雨という悪天候でしたが、徐福公園、浮島の森を廻り、熊野速玉大社にお参りしました。
速玉大社には歴代の天皇の御幸記録があり、特に後白河法皇の三十数度のご参詣にはその信仰の篤さに驚かされました。




速玉大社(写真上)と歴代天皇の御幸記録
熊野速玉大社の祭神はもともと神倉山に祭られていましたが、景行天皇の時代に現在地に遷座したといわれています。そのため神倉山を元宮、ここを新宮と呼ぶようになり、神倉山の地名が残ったようです。
神倉神社は山の中腹に鎮座するゴトビキ岩と呼ばれる巨岩がご神体です。ここにお参りするには、ほとんど垂直に近い絶壁の急斜面の登坂となり、隊員三名は無念の退却。はうように登りにくい急傾斜を上がると、連縄を張られた巨岩が現れ、その大きさに圧倒されました。またここからの展望はすばらしく、熊野灘や市街地の眺めが最高で、頑張って登ってきた甲斐があったと大満足、嬉しくなりました。
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関西